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マスコット募集活動
2007-12-15

万博が全国をくまなく歩き回る マスコットで中国を明るく

――中国2010年上海万博マスコットデザイン全国募集活動ドキュメンタリー

 2007年1月17日、上海万博事務協調局は正式に世界に向けて誠心を込めて招待した。世界の上海万博に関心を持つ人々は、中国2010年上海万博マスコットのデザイン作りに参加できることを望んだ。

 全国の力を結集し、世界の知恵を集結させて、上海万博の理念とテーマに合ったマスコットデザインを選び、マスコットデザインの募集を通じて世界に「理解、交流、集合、協力」の上海万博理念を伝え、「より良い都市、より良い生活」という上海万博のテーマを宣伝した。上海万博事務協調局は、上海万博マスコット募集弁公室(以下は「募集弁」と略する)も設立した。1月17日から5月31日まで、募集弁公室の50人以上のスタッフは、中国国内の1500社以上のデザイン会社、800社以上の広告会社、1000社以上のアニメ会社と200校以上の大学などと打ち合わをし、各種の人々8万人と直接に折衝し、デザイン界、美術界、アニメ界と教育界の複数の専門家と幅広い民衆を上海万博マスコットのデザインに広く参画してもらい、国内外の多数の専門機構、専門家・学者、デザイン系大学は、この組織的活動に熱心に対応し、無私の支持を得た。

 万博マスコットデザインの募集組織作業は、これまでの数回あった国内の大規模活動の中でも、地域活動を組織した数、訪問した都市の数、訪問者数が最も多い普及活動と言える。マスコットの募集をきっかけに、私たちは多くの友人と交流し、国内のデザイン、芸術業界と広範囲に結び付いた。私たちは着実に作業し、さまざまなルート、多くの方式を通じて、マスコット募集の影響力を強化した。マスコット募集宣伝のイメージを拡大し、さらに国内、国外のデザイン、宣伝、美術業界の専門家に対し、万博と万博マスコットのデザインについて意見を出すよう求め、募集活動を万博宣伝の全国行動にした。万博マスコット募集のために専門チームの力を積み重ね、マスコット誕生のために良好な大衆的基盤を創造した。最終的には、今回の募集?選出活動の順調な終了を保証した。指導部が提起した全国の力を結集して上海万博を順調に開くという理念を実行した。

一、命令を受け、万博の付託に応えるため

 万博マスコットの募集作業のスタート時は1月17日である。春節と冬休みの影響で、あまり関心を持たれなかった。自然に応募してくる数は、予想より低かった。万博局指導者の直接指導によって、募集事務室はただちに団結し、50人近くの専門作業機構を作った。同時に、16人を選び全国組織化グループを作った。全国各地に赴き、動員し、全国と国外の力と知恵を集め、専門チーム、大学、大衆の参加の情熱と創造の思いを巻き起こし、上海万博マスコットデザインのため、知恵を貢献してもらった。

 正月三日、多くの人がまだ春節の楽しい雰囲気の中に浸っていた時、募集事務室のメンバーは、指導者の付託によって、緊張し、忙しい作業を始めた。戦争が今にも始まるように、スタッフ全員が全身全霊をもって仕事に打ち込んだ。

目標、一つの奇跡を創造する

 命令を受けた後、私たちはただちに品質も数量も保証して任務を完成するという目標を作った。品質を保証するのは、最後に本当に中国を代表でき、国際的に認められる作品を選出することができるようにすることである。数量を保証するということは、品質を保証することの基礎である。百から一を探すというように、大量な応募作品の支えさえあれば、上海万博のテーマにふさわしい作品を選び出すことができる。

 募集事務室の同僚達は、万博局の指導者に対し、15000点の作品募集を成し遂げることを約束した。しかし私たちは、自分に対する要求は、少なくとも20000点の作品を募集することだった。

 私たちの調査によると、これまでの万博とオリンピックのマスコットは、定方向募集方式を採用しており、毎回の募集数は数百点を超えていない。大型活動マスコット募集がもしメディア発表にしか頼らず、動員を深めたり、広範な組織活動をしなければ、応募作品の質と数は保証できない。その他、マスコットのデザインをロゴマークと比べると、専門性はより高い。中国美術学院副院長の宋建明の話では、「ある仕事の速い人が1日に10枚、二十枚のロゴマークのデザイン原稿を作ることは難しくない、簡単な図形構造だからだ。マスコットは違う。マスコットのデザインはより複雑で、一人の専門デザイナーが一つの作品を作るには、1カ月かからないとできない」という。

 現在の状況では、ただ賞金の誘惑にだけ頼っていては、専門デザイナー、大学の専業学生たちの積極性は巻き起こしにくい。最終的にはマスコットになる作品は一つしかない、勝てる確率は低すぎる。2万点のデザイン作品を募集することは、かなり難しい任務に違いない。この任務に挑戦性があるからこそ、皆やる気満々となる。同僚たちは5月31日、予想目標を完成したら、「ギネスブック」に申し込むべきだと冗談半分で言った。

焦点を合わせ、世界の知恵を集め

 時間を節約し、効果を保証するため、私たちは「上海から全国を放射し、大きいものを捕まえ、小さいものを放し、重点を捉える」という組織化策略を作った。

 国内の有名なデザイン、広告、アニメ会社は、私たちが必ず訪ねるべき第一類の目標である。これらの会社は経験が豊富で、実力もあり、長い間にデザイン、宣伝、マーケティングなどの仕事をしている。専業レベルは、マスコット募集活動に高質の作品を提供できる。さらに、これらの専門会社の影響力と放射力を通じて、万博と万博マスコット募集作業の影響を拡大できる。私たちの統計によると、これらの有名な会社と著名デザイナー、アニメ専門家は、概ね北京・上海・広州・深センなどの大中都会に集まっている。

 一方、国内の著名な美術、デザイン学院の多くの教師?学生たちも、私たちに数多く、品質も高いデザイン作品を提供できる。これも私たちの訪問の重点である。

 国内の美術界には昔から八大美術学院という言い方がある。中央美術学院、中央工芸美術院(現在の清華大学美術学院)、中国美術学院、魯迅美術学院、天津美術学院、四川美術学院、湖北美術学院、広州美術学院からなる8校の古い美術学院である。これらの学院の数十年の人材輩出能力と学科の影響力は、他地区の美術学校の建設を推進している。私たちの訪問経路の設定は、8校の美術学院の所在地、そしてその影響地区を巡るものだった。西部地区は、美術類の学院があまり集中していないが、万博宣伝という戦略と十分の参加量から考え、私たちはあきらめなかった。

 私たちは多くの情報を基にして、精度が高く、拠点が多く、動員力が強い組織化マップを作った。一つは重点都市、機構、大学の参加を確保するためである。国内の上海・北京・広州・深セン・成都・瀋陽・長春・香港、そして韓国・日本・シンガポール・アメリカ・フランス・イギリスなども私たちの戦略要地になった。二つ目は、各種の広告会社、デザイン会社、アニメ会社と美術系学院、アニメ系学院、デザイン系学院も私たちの戦術突破点になった。

チーム、敏腕さだけあれば素晴らしい

 奇跡を創造するという目標を達成するためには、奇跡を創造できるチームに頼る必要がある。募集事務室の同僚たちが担っていたのは、中国上海万博を代表して外に出るという任務である。代表したのは個人ではない。募集事務室が全国のことを考えているかどうか、万博についてはよく分かっているかどうか。同時に健全なイメージ、良い交流の術を身に付けているかどうか。それらはすべて、被訪問者の上海万博に対する認識に直接的な影響を与える。

 このために、私たちは、良好な高等教育の背景があり、海外留学の経験があり、政治的業務能力がより強い人を選んで活動グループを構成した。劉軍氏、趙一華氏、蒋衛林氏、金江波氏、朱慧倩氏、宋楠氏、陳冬玉氏、杜釜氏、王翔氏、趙海広氏、鄒傑氏、劉運涛氏、郭巍氏、李牧陽氏、韋武氏らで構成するグループで、海外留学生活が長い外国大学の修士もおり、卒業したばかりの大学院生もいて、もっぱら今回の活動のために、他の機関から選び抜かれた立派な人がいた。

二、捜索、進む方向を描き出す

 我が国は人が多く、土も広く、10人以上の募集チームにとって、わずか1カ月以内に国内のすべての目標を歩き回ることは、かなり困難な任務であった。どのように、できる限りに高効率で全面的に訪ねるか。これはチームの協調能力と効果のある執行能力を直接に試練するものだった。

策略、精確なデータベースに頼る

 命令を受けた時、まだ今回の募集活動の要求を理解している時、私たちは一つのデータベースを作ることの重要性に気付いた。

 私たちが専門家を組織して、存在していた資源ブラットフォーム、人脈連絡、インターネット検索、データベースの購入など多くの手段によって、一切の利用できる資源、方法を調達し、10000以上の情報のある芸術デザイン系機構と人材データベースを作った。このデータベースは大量の情報があり、私たちの訪問の主要な相手の情報を含んでいた。

 データベース検索を通じて、私たちはまず約3500カ所の各種会社と200以上の専門学院を狙った。

 デザイン、広告、アニメなどの専業会社に対して、私たちは電話で聞くという方法を使って、直接に募集事務室の名で相手と交流した。私たちの調査によると、2007年にデザイン界に向けた募集活動は頻繁に行われた。2008年の北京オリンピックの各募集作業は、北京の地域的優位性、文化的優位性によって、機先を制し、広範な影響を勝ち得た。同じように、2010年に開かれる広州アジア大会も我々を追い越して、世界でマスコットを募集した。同時に、広告の「金犢奨」と全国大学生ポスターデザイン大会などの活動を合わせ、全部のデザイン界が、準備を始めていた。それでも、デザイン界は万博マスコットの募集工作にかなりの熱情と興味を持っていた。また、鋭敏な市場洞察力があるため、各種大型活動もよく知っていた。それは私たちの募集作業を理解し、支持しやすくするものであった。多くの熱心な会社と専門家は、積極的に私たちに提案を出し、各方面から私たちの視野を広げさせた。我々の作業にさまざまな協力をしてくれたのだった。

 各種の専業会社、専業学校に対する募集任務はかなり難しい。これもこの募集活動の中で、任務が一番重く、連係が一番広く、投入が一番大きく、与える物が一番多い作業だった。特に具体的にデザイン系の教師と連絡することは、一番時間がかかることである。そのため、私たちは電話で聞き、知り合いを探して紹介してもらうという二つの方法を使った。一方、募集事務室の名で各学院の教師と交流し、責任者の具体な連絡方法を教えてもらった。一方、自分の親友、同級生、先輩、同僚などの社会的関係を動かして、できるだけ協力を求めた。

三、足跡、ある感動的な過程

 3月10日から、局の指導者の激励と関心の下で、私たちは全国募集計画を正式にスタートした。私たちは、これを「嵐の行動」と呼んだ。募集活動の順調な進展を保証するため、「社会に向け、的を定めて矢を射り、宣伝を強め、質も量も保証する」という全体計画を確定した。

 この計画の最初の地点は南京で、私たちは10カ所の大学の教師を集めて、集中的に説明会を行った。大学説明会から、5月31日の募集作業の終了まで、募集チームは吉林・遼寧・黒龍江・北京・天津・河北・陝西・山西・山東・江蘇・浙江・四川・重慶・湖南・湖北・雲南・広東・広西・安徽・上海・香港など20以上の省、直轄市、特別行政区と韓国、日本などの国家を訪れ、全部で50以上の都市に及んだ。

 この過程で、私たちは心を込めて上海万博に招待した。それに対し、全国各地の大学からの呼応もあった。全国の上海万博に対する無私の支援を深く感じた。

 訪問情況から見て、各種の専業機構は万博に対する認識度がかなり高く、多くの宣伝をしなくても良かった。しかし、学校などの情況はちょっと違った。全国的範囲から見て、上海の大学は上海万博に対して自然な共鳴があるが、その他の地区の大学の上海万博についての認識は、まだ全面的ではない。大学訪問の過程での私たちの計画は、宣伝を主として、自らの言動によって、各地の大学の教師らに万博を理解させ、認めさせ、積極性を十分に引きつけて、熱心に募集作業に参加させるというものだった。

 訪問中に、万博と私たちの募集工作に対して、幾つかの誤解が普遍的に存在していることに気付いた。

 「万博は商品交易会ですか、広州交易会みたいなものですか」。ある教師は教えることに夢中になり、他のことは余り注目していない。それに対して、私たちは、1851年のイギリス万博から、1999年の昆明園芸博覧会まで、そして2005年の日本の愛知万博について話した。教師たちに万博の歴史や国際的影響について、全面的に認識させ、それから、見物客数、開催期間、資金投入などの基本的な面からオリンピックと比べた。教師たちに上海万博の規模に対して感性的に認識させた。

 上海万博は、全国的範囲での宣伝を十分に、完全にしていないため、万博は上海が主催したある国際博覧会だと思う教師もいた。それに対して、私たちは感情たっぷりに説明した。万博は上海の万博ではなく、中国の万博であることを説明した。中国2010年上海万博組織機構の構成から紹介した。教師たちに、上海万博は中国政府が主催し、上海が担当する総合的な世界博覧会であることを理解させた。

 その他、ある教師たちは上海万博の活動は大きすぎて、自分と自分の学生の能力では、デザイン応募の任務は適任でないと思う。これらの教師と学生に対して、私たちは、万博マスコット募集は皆が参加するという概念を重視することを主に宣伝した。その他、各種活動の社会的影響力をお互いに比べて、教師らに万博マスコット募集活動参加の意義と価値をうまく知らせて、積極性を引き付けた。

 多くの教師が、私たちの紹介を聞きながら、詳しくメモを取っていた、そして、関係資料をもらいたい、学生たちに説明しやすくなるからと言うのだった。それに対して、私たちは資料ディスクを用意した。他に、条件がある場合、教師たちに、私たちが直接、学生たちに宣伝講演をするという要求を提出した。今回の学校訪問を通じて、私たちは上海万博のため、祖国の各地の窓を開けたのだった。

 万博を代表する作業チームとして、私たちは苦しみや辛さを堪え忍んだ。作風が着実、誠意があるという心象を表した。

 私たちの女性同僚である宋楠氏は上海から列車で開封に行った。直行列車がないため、明け方の3時に鄭州に着いた。朝六時の列車に乗って、開封に着き、休まずに学校を訪問した。費用を節約するため、一気に三つの学校を訪ね、その夜に列車に乗って戻ったのだった。

 上海の大学を組織する任務を負った同僚は、1日に1人で四つの学校を訪ね、行程は300キロメートル以上に及んだ。

 鄒傑氏は、訪問途中にアレルギー性疾病を発病したが、それでも学校を訪ね続け、教師たちの好感を得た。

 同僚たちの真剣に仕事をやるという精神が、教師と学生を感動させた。清華大学の呉冠英氏は、オリンピックマスコットの主な創作メンバーとして、感慨深く話した。「万博の人たちがそんなに真面目だとは思っていなかった。これは私の知っている限り、一番広範な全国募集活動組織化活動である」

 訪問が終わって、一つの都市を離れる時は、私たちがいつも電話あるいはショートメールで現地の教師と挨拶し、協力に感謝した。教師たちの熱情溢れる返事は、私たちに自分の仕事の結果を認識させた。

 四川美術学院視覚伝播学部の向海涛主任のショートメートルによると、「あなたたちと会ったことは、私たちの光栄で、万博について、私たちは全力で支持する。知り合ったのは縁で、これからも重慶に来て指導してくれることをと願う」と書いてあった。

 四川大学芸術学院の張蘇副院長のショートメートルでは、「上海万博のために微力を尽くすのは僕の光栄であり、連絡を維持する」と書いてあった。

 このような言葉がもっと多いが、一番私たちを喜びで安堵させたものは、よく聞いたこういう一言だ。「あなたたちの仕事は本当に微密ですね。万博人になるため、私たちは祖国のために栄光を勝ち取り、上海のために彩りを添えるべきだということを、私たちは知っている」

 全国でマスコット募集宣伝、万博知識普及を行っている間、募集事務室は学校で全力を尽くすと同時に、3500の専門会社にも高度の重視をもたらした。学校に比べ、デザイン会社、アニメーション会社、広告会社のデザイナーは、より成熟した思惟とデザイン技巧を持っている。デザイン作品の数が少ないが、一つの専門機関のデザイン能力を代表していた。そのため、作品はマスコット募集作品全体で一番大切な部分である。

 学校と違うことは、デザイン会社の専門家は、常に時事状況を理解しており、万博と万博マスコットに対する関心、認知が比較的に高い。しかし、デザイン会社はいつも業務が忙しく、人力や資源を万博マスコットのデザインのため特別に組織することが難しい。多くの場合、ただデザイナーとデザイングループが休み時間を使って参加するよう委託するだけである。

 私たちは真面目なかつ緻密な動員を通じて、労苦を惜しまず交流した結果、デザイン会社の専門家たちも、今回の募集活動に対して、強い興味を持つようになった。万博と万博マスコットの選出活動に対して、強い熱情を示した。仕事の性質上、熱情は尊敬に値し、感動させられた。

 例えば、上海喬勝広告会社は、募集事務室の万博マスコット募集作業を知ってから、すべてのデザイナーをマスコットのデザインに動員した。会社の優秀な人たちを選抜して五つの異なるグループを作り、それぞれの心の中での万博マスコットをデザインした。また、自らの業務ルートを利用して、アメリカのデザイン会社とデザイナーグループを動員し、中国2010年上海万博のために海外から作品を送るようにした会社もあった。

 募集事務室作業グループが広州で募集の動員を行った時、マスコット募集情報を得ていた深センデザイン協力会は、私たちを情熱的に招待してくれた。協力会常務副主席の李紅兵氏は、情熱的に訪問した募集事務室作業メンバーを招待し、積極的に募集事務室に著名な専門デザイン会社とデザイナーを紹介した。その時、李氏は、深センで開かれるユニバーシアードと文化博覧会のデザイン作業のために、慌ただしく働いていた。深センの有名デザイナーの杜華林氏を訪問した時、杜氏は喜んで万博マスコットのデザイン募集への参加に賛成するだけでなく、万博マスコットのデザインに対して、独特で優れた見方と考えを提起した。

 西安に訪問した時、「平面は壁である」という西安平面デザイン協会の雷志忠氏は、情熱的に私たちを接待した。雷氏は万博とマスコットの募集に対して、非常に理解しており、募集事務室の作業メンバーが特に西安に行って万博とマスコットの募集を宣伝することに対して、とても感動していた。相談する間、雷氏は自分の万博に対する見方を話し、万博マスコットを想像した。協会所属の数十カ所のデザイン会社を万博マスコット募集に動員すると言った。

 長沙を訪問した時、私たちは湖南省デザイン芸術家協会を訪問した。協会副主席の馬建成氏は、私たちの仕事に対して、大きな支持をしてくれた。協会は、湖南のすべての専門デザイン業界とデザイン学校のネットワークを持っていた。業界で有名な「デザイン芸術家」という内部雑誌を持っていた。馬氏は、協会刊行物に無料でマスコット募集広告を出してくれた。私たちに、実力のあるデザイン会社と私たちが見落とした学校を紹介した。これらの専門的な会社、専門的なデザイナーの熱情と参加も、万博マスコットの募集作業が順調に行われた保証の中の一つである。

 大学は今回の募集活動での協力は、私たちに深くイメージを残した。

 最初の感じは上海から来た。上海地区の40カ所以上の学校と電話連絡している間に、私たちは断りの声は聞かなかった。「万博募集事務室が学校に参加する機会を与えてくれたことに感謝する」というのが、私たちが聞いた一番多い言葉であり、私たちにとって温かみを感じさせる一言だった。

 上海大学美術学院の王建国副院長は、私たちの電話とE―MAILの資料を受けた後、すぐ私たちに返事してきた。一番速いスピードで、学生たちの創作作業計画を手配した。学生自らが作った計画とあって、私たちは感動した。私たちは、すべての学校がマスコットのデザイン募集を、学生の授業あるいは宿題をするような方針を決めた。事実、この方法は多くの学校に採用された。おまけに、教師たちの反応からすると、質も数も確保できる良い方法である。

 電話で確かめたスケジュールによると、同済大学アニメ系主任の王鋼氏は、私たちが訪ねた初めての教師だった。王氏自身も積極的に万博活動に参加している人である。私たちと真剣に交流した後、学生を組織して募集活動を行なうことをすぐに承諾した。また、それまで学生を組織してこのような活動に参加した経験によって、私たちに個人の考えとアドバイスを提起した。

 上海工芸美術専門学校は、募集活動を協力し、数と質を確保するため、専門の作業グループを設立した。全校の多くの学生を組織して宣伝講演会に参加させた。さらに、会議が終了後、すぐ組織し動員を始また。その効率的な組織能力と早い執行能力には、私たちも感激した。

 私たちの上海グループのメンバーは相次いで復旦大学・上海交通大学・華東師範大学・上海大学・上海戯劇学院・東華大学・上海外国語大学・上海師範大学・上海電影学院・上海建橋学院・上海工芸美術職業学院・上海杉達学院など20ヵ校の専門学校の30近くの学部の指導者と専門教師を訪問した。私たちの作業を早めに展開させるために、次々と私たちに知恵を出してくれた。できるだけ私たちとの会見を、学部業務会議の前に手配した。情報を一番速く伝え、時間を予定して私たちと学生たちを交流させ、十分に学生たちの創作の情熱を動員した。ある学校は芸術設計専攻の学生が参与を動員だけでなく、留学生が参与を動員した。共産主義青年団委員会は全校的範囲の宣伝を展開した。万博の趨勢全体のために微力を捧げた。

 上海以外の学院を訪ねる過程で、多くの学校は教育部の教育教学評価を受けていることが分かった。しかし、私たちの上海万博の情況の紹介を聞いた後、熱心に支持するという態度を表した。私たちが西華大学に行った時、大学の党委書記、校長の羅中先氏は、教育部の指導者と共に北京での会議に参加するため、空港へ行くつもりだったが、私たちの来訪を知って、わざわざ戻って来て面会した。まず、私たちの来訪に感謝し、上海万博が西華大学を重視したことに感謝した。また、上海万博マスコットデザインの募集活動は良い事であり、全校も支えていくという二つの思いを伝えたのであった。

 他の地区の多くの学院も、今回の募集活動を授業教学と合わせることを考えた。ある教師が話したところによると、関係専業の学生を動員する以外、校内活動という方式で、全校でより踏み込んだ宣伝をするつもりだという。例えば、西華大学は上海万博マスコット募集を校内科学文化祭の文化部分の重要な活動として広げる予定で、浙江工業大学はマスコットデザイン活動を校内のコンテストとする計画だった。

 参加作品の質と量を保証するためには、授業中に指導をする以外、学校は潜在力がある学生に、専門的な集中指導をした。四川美術学院視覚伝播系の担任教師たちは、学生の指導を、今学期の担任業務の一つの重要な内容とした。

 私たちが得た支持には、万博という中国の大事への理性的な認識もあるし、上海に対しての感情的共鳴もある。昆明に行った時、雲南芸術学院デザイン学院の董万里院長、雲南師範大学芸術学院の施栄華氏と会った。元々は上海の知識青年であった。故郷が万博を開くことを聞いた時、私たちの頼みに対して、まったく迷わず、「必ず募集作業を、故郷建設を支持する活動としてやる」と表明した。

 各界からの情熱的な支えがあるからこそ、私たちは毎回、同じ話題を繰り返してもつまらないと感じさせない。すべての参加者に、この万博に参加するという絶好のチャンスを宣伝している時、私たちもマスコットの誕生に参加し、そして検証できるなんて、どんなに幸せなことなのだろうかと毎回考えていた。

四、続く、いつまでも緊張した追求

 全国を走り回っている間、計画通りに、秩序立てて私たちの作業を続けていた。同時に、計画の中に私たちが周到に考えていない部分を発見した。絶えず自分の精神をコントロールしていた。仕事で最高な効果を得るためである。

連接、未踏の死角

 時間、経費、人力など各種の問題で、私たちのデータベースの中に、漏れていた会社と学校は必ずある。また、ある学校が、芸術デザイン系の学科が独立してないため、データベースの盲点になった。これに対し、私たちは訪問しながら探し、データベースを拡充すると同時に、できるだけこれらの会社、学校と連絡し、より多くの人を動員して万博マスコットのデザイン作業へ参加させることにした。

真面目、責任を持って仕事をする

 私たちの責任感は専業会社を感動させ、学校を参加させる前提の一つである。作品が時間通りに安全に到着することを保証するためには、定期的に会社や学校と交流し、会社に一番安全な方法でデザイン原稿を送らせ、学校で統一して原稿を集め、郵送させる。全部の作品が要求に合致し、選出参加を確保する。

 重点的に動員した会社と学院に対して、私たちはその専門デザイナーを、学科の先輩と共に、万博マスコットデザイン研究会に参加させ、より深く活動に参加させた。

 多くの会社は、万博の後続活動に関心を持っている。実は、私たちの交流したすべての専業会社と学校に一つのメッセージが伝えていた。それは、すべての人が万博と協力する中で期待している、万博との協力を通じて自身を鍛錬したい、展示したい、万博に優秀な人材と作品を出したいということである。この万博に人材を出したい、手伝いたいという気持ちは、募集目標を完成するための大切な拠り所である。

五、収穫、豊富・完璧な果実

 私たちの懸命の努力を通じて、2007年5月31日、上海万博マスコットの募集が正式に締め切られる日まで、私たちは全員でアジア・ヨーロッパ・南米・北米・オセアニアの五つの大陸から来た中国・米国・イギリス・フランス・ドイツ・オーストラリア・イタリア・ペイン・フィンランド・ルーマニア・ニュージーランド・メキシコ・ポルトガル・日本・韓国・インドネシア・マレーシア・シンガポール・ベネズエラ・カナダ・コロンビアなど21の国の26655点もの作品デザインを受け取った。その中では、中国国内の作品が26203点、台湾・香港・マカオが21点、国外が431点だった。

 全国各省・自治区・直轄市はマスコットの募集に参加し、応募作品の数によって上位10位は、上海・吉林・河南・陝西・山東・江蘇・浙江・北京・天津・遼寧だった。

 26655点の投稿作品では、10歳以下の作者の作品数は約7%、10-20歳の作者の作品数は約35%、21-30歳の作者の作品数は約28%、31-40歳の作者の作品数は約19%、50歳以上の作者の作品数は約11%を占めた。投稿者の男女割合は約56:44だった。

 135日の募集期間で、1時間当たり8点の応募作品が提出された。5月31日に締め切った後、100点以上の応募作品が次々と募集事務室に送られて来た。応募者の職業は学生・幹部・定年者・スポーツ選手・看護婦・デザイナー・サラリーマン・画家・作家・教師・俳優などである。投稿の中で、東部沿海地区からの原稿数は約69%、中部地区からの原稿数は約20%、西部地区からの原稿数は約11%を占めた。

 これは喜ぶべき成果であるし、自慢できる効果でもある。わずか数カ月の間に、募集事務室メンバーの足跡は、全国各地を残された。積極的な態度、仕事熱心な精神、専業の素養、親切な態度は、接触した人たちに伝染し励ました。今回の全国に向けた募集活動で本物の万博理念を宣伝し、万博知識を普及し、大衆の万博に対する注目と参加を動員した活動になった。中国2010年上海万博マスコットの誕生と発表のため、堅実な大衆的基礎を作った。そして、万博の宣伝作業も幸先よい開始を打ち立てることができた。

 そのため、私たちは誇りを深く感じている。しかし深く理解したことは、中国2010年上海万博マスコット募集活動が万博の壮大な宣伝作業の初めであることだ。マスコットの募集、選出活動はすでに完成し、発表式ももうすぐ来るが、これは募集作業の終わりにして新しい作業が滑り出したことである。これは、私たちの作業が肯定されたことだが、より大きな責任と重大な任務の到来である。将来も私たちの熱情と専門を続け、私たちの両手で、上海万博に私たちのわずかな光と情熱で貢献することを願っている。